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2008年 11月 22日
堀部さんはね、くりぃむしちゅーの有田にとっても似ているんだ、ホントだよ。
だけど誠実な目をしている。誠実なくりぃむしちゅーの有田。 * * * * 今回の記事はとっても長いですが、講演会でいつも寝てしまう私が珍しく最後まで起きていられて、しかも印象的な言葉をいくつか聞いたので、防忘録として残しておきます。 今日は静岡建築士会浜松支部主催による堀部安嗣さんの講演会でした。 講演会は、前半が堀部さんによる講演と、後半が地元建築家とのトークセッションの二部構成。前半の講演では堀部さん自らスライドを用いて自身の建築論(というか姿勢?)を展開。 森の葬祭場-アスプルント(スウェーデン) 以上、堀部さんが心惹かれるものとして紹介したもの。 「君の建築は軒が出ているところがいい」 堀部さんが数年前にフィッシャー邸を訪れた際、ご自身の作品を当時ご健在だったフィッシャーさんにみてもらったときに言われた言葉。 フィッシャーさんは軒がなかったことが多少不満だったみたい。しかしお亡くなりになるまでずっと住まわれて、住宅として本来の目的を果たしたフィッシャー邸は、教会・神殿のイメージのあるルイス・カーンのイメージとは違い、とてもヒューマンスケールに溢れた暖かい住宅だったとのこと。ガラス張りのファンズワース邸を引き合いに出されて、「ああいうのは自分の求めているものと違う」とも。 「音が面白い」 京都の大徳寺では、日本の学生よりも海外の学生のほうが感動するという。一体どこがいいのか尋ねた時に返ってきた言葉。境内の砂利を踏みしめる音、風にさざめく木立の音、本堂にあがる時のスノコの音、シシオドシの音。静寂とはいえいろんな音が楽しめるのが面白い、という。外部から教えられる気づき。 「ナツカシーね」 団地生まれ団地育ちの子供が、縁側のある家で寝そべりながら放ったという言葉。一体何をもって「懐かしい」と言わしめるのか。日本人というDNAなのか、知識としてなのか?堀部さんは「懐かしいという感情は、過去体験したものに再偶したときに起こる感情ではなく、自分自身を肯定できるものに出会った時に込みあがる感情と思う。」と説明してました。非常に興味深い話であります。 講演後、自分の言葉で説明できないかと考えて「自分が好しと思っているものに実際出会ってみて、『やっぱり好い~』と再認識できたときに起こる感情」と解釈しましたが、遠くなった? 続いて堀部さんが手がけた作品の紹介。作品1つ1つ毎に「このときはこー思った。」とか「ここはこうしとけばよかった。」という解説付き。 「海がうるさい」 海に面した高台に住宅を建てた時の感想。海に面して全面開口部を設けたものの、後訪したときに「海が意外とうるさいんだな」と。そこから「建築は外ではできないことをする空間」と認識して、後の「伊豆高原の別荘」ではあえて緑を塞いで壁からの光の反射で外の気配を感じさせるように。 「あれもできるこれもできるとやっていくとかえって居心地よくなくなりませんか?」 鎌倉の正五角形の家での話。堀部さんは他にも多角形の家を手がけているのですが、それは土地や条件に何も制約がないと、あれもできるこれもできる、と却ってまとまらなくなってしまうので、フォルムを決めてしまうことで自分で制約を作ってしまうらしい。「できちゃった建築」とも言っていた。後半のセッションで「気候が厳しくなればなるほど建物が美しくなる」とも言っていたけど、それに通じるものがあるかも。 ちなみに、今、堀部さんは「フォルムに頼らなくても強い住宅ができるんじゃないか」と考えているらしい。 「借景はキライ」 よくあるピクチャーウィンドゥ。あれを堀部さんは好きじゃない、と言っていた。借りっぱなしなのがイヤらしい。 借りるなら返さないと。ということで、建物の矩体そのもので風景を切り取るという見せ方も意識しているみたい。見苦しいものは見せない。道行く人にも恩恵を。 前半の最後に、再び冒頭で紹介したアスプルントの森の葬祭場に置かれていた3人掛けベンチを映して「僕の目指している建築がここにある」と。そのベンチは3人目の角度が少し内側に傾いていて、両端に座った人同士が会話できるように配慮されたとてもヒューマン愛に溢れたベンチでした。 * * * * 後半のセッションでは「浜松のまちづくりについてどう思うか」とか、そんなんヤメテー、と思うような質問でハラハラしたけど、堀部さんがうまいこと軌道修正してまたもや印象的な話や言葉を残してくれました。実体験から生まれた言葉は自信に溢れていて強いです。 「アンチは時代が変わると古い考えになってしまう。」 「正から物事を考えなくてはいけない。」 日本の家電がすっきりした主張しないデザインにならないのは、家電店でいかに目立つかが重要視されているからである、という話など。 by the_3th_stage | 2008-11-22 23:27 | 建築
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